日々、是レ、気ママニ育児ト育自。

モットーは『何とかなる』。スカパラライブに行ける日は来るのか!?
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育児という名の修行 母乳編 -壱-
さてさて、わたしとマメ子の修行(育児)が始まってから早いもので、もう5か月半です。

いろいろあったけど、マメ子はすくすく育ち、周りの赤ちゃんよりもプクプクしてます。

首もすわり、寝返りも始めました。
寝返り秘話はまた後ほど。

今回はわたしたちの修行について。
修行話は不定期ですが、シリーズとして更新する予定です。

まずは「母乳編」


とにかくマメ子は吸うことが下手くそな子でした。
入院中、ほ乳瓶の乳首ですらうまく吸えず、授乳時間はわたしとマメ子はいつもビリでした。
しかも、20ml飲まなくてはならないところ、5mlしか飲めなかったり。
助産師さんや看護師さんに手伝ってもらって、やっと飲ませてました。
そんなマメ子なので、おっぱいなんてまず無理でした。
加えて、わたしもなかなか母乳が出ない。
母乳は赤ちゃんが吸うことによって分泌が良くなるものなのに、肝心のそこにまず躓き、前途多難。

結局、入院中はほぼミルクで過ごしました。
それでも退院の前の日にようやく母乳が出始め、搾乳して初乳はあげることができました。

そして、無事退院。

そこから、わたしたちの母乳修行が本格的にスタートしました。

もう手伝ってくれる助産師さんも看護師もいません。
里帰りしてたので、母にマメ子を支えてもらい無理矢理おっぱいにくっつけたりしてましたが、
全く吸い付けず、暴れまくりギャン泣きされる始末。

全然吸ってもらえないから母乳の出も良くならず、搾乳しても一日20~30ml程度。
余りに泣くマメ子を見ると、何度も心が折れそうでした。

なんで吸えないの??
なんで?なんで?
おっぱい嫌いなの??

わたしは泣きながらほ乳瓶でミルクをあげていました。

思い出すだけで、涙が出そうなつらい日々でした。

続く
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気持ちの変化
やっとマメ子の出産について書き終わったのに、その後更新ままならず。

理由はもちろん、マメ子に手が掛かりまくっているから(笑)

書きたいことは山盛りで、忘れないウチに書きたいんだけど。

でも今回は最近ふと感じたことを。



とにかくマメ子は手が掛かるので、ホントに大変。
3か月くらいまでは、一日の大半を泣いて過ごし、抱っこじゃないとだめで、
わたしは自分のことなんて何もできなかった。
歯磨きも洗顔も、気づけば夕方だったり。
なので、その頃は「大変=苦痛」で、育児に楽しさを感じる余裕は限りなくゼロに近かった。
それでも、3か月を過ぎると、マメ子も良く笑うようになって、少しずつ玩具で一人遊びできるようになって、
やっとわたしも、少しずつ自分の身支度程度はクリアできて、外出もできるようになってきた。
でも、まだ「大変=しんどい」で、楽しさはなかなか感じられず。


それが、ここ最近、変化しつつある。


もちろんマメ子は元来の抱っこちゃんだから、今でも放って置くとすぐに泣いて抱っこをせがむ。
一人遊びの時間は増えたし、お昼寝も2時間くらいできるようになったけど、やっぱり毎日「大変」

ただ、その「大変」を「楽しい」や「かわいい」や「幸せ」と感じるようになったのだ。
激的変化だ。

ギャン泣きしてるマメ子を抱きしめると、ぴたりと泣きやむ。
わたしが笑いかければ、マメ子も笑う。
そんな毎日を過ごしていたら、いつの間にかあんなに「苦痛」だった育児が「幸せ」に変わっていた。


とにかく、まわりの赤ちゃんよりは確実に何倍も手が掛かってるけど、
自分でも知らないウチに、その分愛しさが積もり積もっているんだ。


最近、「大変だねぇ」って言われると、「まあねぇ(笑)」って答えつつも、顔は笑ってるわたし。
以前はホントに大変だ、って顔してた。


あと半年経ったら、マメ子は保育園。
まあ、待機児童かもしれないけど、遅くても一年以内には確実に。

もしかしたら、マメ子はその事に気づいているのかもしれない。
一日中、べったり甘えられるのは今のウチだけなんだって。
そう思うと、なんだか切なくなってきて、いくらでも抱っこしてあげたくなる。

そんな風に感じる今日この頃。
マメ子、登場まで -七-
ついに分娩台に上がったわたし。
やけに眩しく感じた。
照明が明るかったせいもあるけど、陣痛に堪えてる間ほとんど目を閉じていたんだと思う。

先生もスタンバイしてるのかと思いきや、あれ??いない。。。
しばらくは助産師さんと看護師さんだけでした。
そうゆうもんですか??

まあ、とにかく先生がいなくてもお産は進みます。
助産師さんがイキむタイミングを指示してくれ、それにあわせて思いっきりイキみます!!
思う存分イキんで良いのです。
この時を待っていたんだよ~。
すると、助産師さんが
「上手!上手!案ずるがより生むが易しとはこのことね」
と言ってくれ、
「もう自分のペースでイキんで良いわよ。」
と。

痛みの波のピークの時にイキめば良いらしく、もう我慢できないってなったらイキむわけです。

それを何度繰り返したかわかりませんが、だいぶ経ってからやっと先生登場。
最後の踏ん張りどころあたりでした。
その最後のところが一番長くイキむんだけど、わたしの息が続かなくなりそうで、息継ぎをしそうになったら、
先生「(息継ぎしちゃ)だめだめ!そのまま踏ん張る!」

( ̄□ ̄;)!!

助産師さんに誉められまくってたのに、社長出勤状態(笑)の先生にはいきなり怒られた。。
くーやーしーいー。

で、息が続かない中なんとか踏ん張るから、体が仰け反りそうになる。
そうすると今度は
先生「体が逃げちゃってるよ!これじゃ赤ちゃんが出てこれないよ!」

( ̄□ ̄;)!!

また怒られた。
ちきしょーーー。

痛いし、焦るし、なんかムカつくしで、とにかく最後の力を振り絞りイキみ続けました。


すると。。


なにがが“つるん”と出ました。

そして間もなく。

「ぉんぎゃ~~!!」
と言う大音量の赤ちゃんの泣き声が。

あ。。
産まれた。。。


看護婦さんがわたしの胸に赤ちゃんを乗せてくれました。
ちっちゃくて、細くて、小刻みに震えてた赤ちゃん。
ついに、マメ子に会えました。
安堵と嬉しさで、涙が止まりませんでした。

2011年12月12日、16時30分
体重2718g、身長47.4㎝
元気な女の子を無事出産しました。
陣痛開始から約4時間半、分娩室では約30分、初産にしては早かったと思います。
しかも安産!!
こうして、わたしの初出産は無事に終わりました。

当たり前ですが、おなかはぺちゃんこになってました。

ちなみに、よく、お産の痛みを「鼻からスイカが出る感じ」とか例えますが、あれは嘘です。
鼻からスイカより、お産の方が断然楽です。

てか、鼻からスイカなんてあり得ないからね(笑)

この日が、わたしたち夫婦にとって人生最幸の日になったことは言うまでもありません。

明日で5か月になるマメ子、産まれてきてくれて本当にありがとう。


おわり
マメ子号
ついに2台目の車を購入しました。
中古の軽ですが。
名付けて「マメ子号」(笑)

1台だと、ガチャピンが仕事に乗っていくので昼間の交通手段は徒歩や公共機関になってしまうのです。
自分一人ならそれで十分だけど、今はマメ子がいるので、
やっぱり車がないと何かと不便。
特に今は予防接種で頻繁に出かけるし、支援センターも徒歩圏内にはないし。

しかし、問題はわたしの運転技術。
ゴールド免許保持ですが、それは立派なペーパードライバーだからなのです。
そりゃ、たまには乗っていましたが、常にガチャピンと一緒。
しかし、これからは違います。
わたしとマメ子だけで乗ることが増えるのです。
おそろしい。。

なので、近場で少しずつ練習中。
とりあえず、10分位で行ける保健センターやかかりつけの病院あたりがコースです。

昨日、ついに我が運転で保健センターでやってる赤ちゃん広場に参加してきたよ。

次は支援センターに行きたい。
マメ子、登場まで -六-
そんな瀕死な状態でも、まだ分娩室には行けず、意識朦朧としながら呼吸法をやってみたりしていました。

またしばらくしてから、助産師さんが子宮口を見て
「だいぶ開いたよ。これなら5時前には分娩室に行けそうよ」
と言ってました。
あぁ、はじめに言ってたよりも少し早く産めるんだ…、と思ったのは覚えてる。
ただ、そのときが何時なのかわからず、あとどのくらい堪えればいいのか、まったく見当も付きませんでした。

そうこうしているウチに痛みはMAXに近づき、何をどうやっても堪えきれずイキんでしまう。
必死で助産師さんを呼び
「もう、無理です~~~」
と懇願。
もう一度子宮口を見てもらうと
「うん。よし。もう行けるよ!!」
と、ついにGOサイン!

それから数分くらいは陣痛室で待機してて、それから助産師さん支えられてようやく分娩室へ。

分娩台に上がり、足カバーを付けたりとかしたけど、もう何も分からずな状態。
ガチャピンがどうしてたのかもわかりません(笑)
たぶんオロオロしてたんだろうね。

これが夕方4時になるかならないかの頃でした。

続く
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